2020年には独居世帯が全世帯の38%に達し(男女共同参画白書)、「おひとりさま」が多数の社会となりつつある日本。近年主流となる「プライバシー重視」の住まいのあり方が、皮肉にも人と人との接点を遠ざけているとも言えます。孤独は単なる感情の問題ではありません。肥満や1日15本の喫煙よりも健康リスクが高く、心血管疾患やアルツハイマー病のリスクを高め、死亡率を1.5倍以上に押し上げると報告されています。とりわけ50代以降の単身者にとって、定年退職・離別・子育ての終了などライフイベントが重なるこの時期は、社会的なつながりが急速に失われやすいタイミングです。では、世界はこの問題にどう向き合っているのか。実践的なヒントを3つの取り組みから探っていきます。
1)「コ・ハウジング」 (デンマーク・オランダ)プライバシーを守りながら、ゆるくつながる住まいの実験
1960年代のデンマークを発祥とする「コ・ハウジング(Co-housing)」は、個人の住戸とコミュニティ共有スペースを組み合わせた新しい住まいの形態です。各居住者は完全にプライベートな自分の住戸を持ちながら、共有キッチン・食堂・庭・ワークショップなどを活用することで、強制ではなく自然な形で交流が生まれる設計になっています。「プライバシーを守りつつ孤立しない」という、現代の一人暮らしが最も求めるバランスを体現した住環境といえるでしょう。
オランダのデン・ハーグ市は60以上のコーハウジングコミュニティを擁し、世界最大規模の「コ・ハウジング都市」として知られています。デンマークの不動産慈善財団リアルダニアの調査によると、コーハウジングに住むシニア居住者は、一般のアパートに住む同年代と比較して近隣関係が豊かで、生活の質が高く、孤独を感じる割合が明らかに低かった。さらに、オランダの8つのシニア・コ・ハウジングコミュニティを対象にした質的研究(国際環境研究・公衆衛生誌掲載)では、居住者が社会的孤独を経験するケースは「ほとんどない」という結果が得られています。
コ・ハウジングの参加者が最も大切にしているのは「互いに孤独にならないための社会的接触、連帯、そして助け合い」であると報告されています。重要なのは、これが「介護施設への入居」でも「子どもの家に身を寄せること」でもなく、自律的な大人同士が自発的に選んだ生き方であるという点です。デンマークでは現在、シニア層の約8万人がコーハウジングへの移住を望んでいるとされますが、実際に利用可能な住戸は約7,000戸に過ぎず、需給の大きなギャップが課題となっているとのことです。
日本では高級マンションほどプライバシー重視の傾向が強く、エントランスや廊下で挨拶を交わすことすら希薄になっているとも言えます。コ・ハウジングは「集合住宅の中に、選べる共有スペース」を設けることで、強制せず、でも孤立もしない住環境をつくることを目指します。IKEAをはじめとするグローバル企業が集合住宅のあり方を実験しているのも、この文脈の延長にあるといえます。
なお、日本でよく耳にするシェアハウスやソーシャルアパートメントとの違いについて。
シェアハウスとソーシャルアパートメントは主に若年層の「経済合理性」や「緩やかな交流欲求」に応えるために発展してきました。「孤独のリスクが最も高まる50代以降の単身者のウェルビーイング」という課題に対しては、そもそもの設計思想の出発点が異なります。コ・ハウジングは「年齢を重ねてこそ必要なコミュニティ」をゼロから設計する発想であり、日本の住まいの文脈においてまだほぼ存在しない空白地帯といえます。
| シェアハウス | ソーシャルアパートメント | コレクティブハウジング | コ・ハウジング | |
| 概要 | 一軒家やアパートを複数人でシェアする住居形態。 | 「従来のワンルームマンション」に「入居者が自由に利用できる豪華なラウンジ」を付け加えた住居形態。 | 多様な家族形態・多世代共生を目指す。「日本版コ・ハウジング」として最も近い概念だが、多世代型。 | 住民が自ら設計・運営に参加するコミュニティの一員として、共有キッチン・食堂での定期的な共同食事(週数回)を通じて自然な近隣関係を築く。単身者が対象。 「出会いの場」ではなく、「生涯の居場所」 |
| 入居者の年齢層 | 20代後半〜30代前半 | 18歳〜 | 多世代(学生〜高齢者まで混在) | 50歳以上 |
参照元:
・Senior Co-Housing in the Netherlands: Benefits and Drawbacks for Its Residents(国際環境研究・公衆衛生誌 / PubMed)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6801586/
・Why Cohousing is So Popular in Denmark(AoU Here & Now)
https://journal.theaou.org/news-and-reviews/the-popularity-of-cohousing-in-demark/
・Communal and Intergenerational Living in the Netherlands and Denmark(Housing LIN)
https://www.housinglin.org.uk/blogs/
2)「孤独担当大臣」と「社会的処方」(イギリス)医療を超えたつながりの処方箋
2018年1月、当時のテリーザ・メイ首相は「孤独は現代の公衆衛生上、最も大きな課題のひとつ」と宣言し、世界で初めて「孤独担当大臣(Minister for Loneliness)」を設置しました。この大胆な政策的決断は世界中で注目を集め、その後ノルウェー、日本、アメリカなど各国が同様の取り組みを始めました。(日本は2021年に「孤独・孤立対策担当大臣」を設置)。
英国の最も革新的な施策のひとつが「ソーシャル・プレスクライビング(Social Prescribing=社会的処方)」です。これは、孤独や社会的孤立を感じている患者を診察した医師が、薬を処方する代わりに「リンクワーカー」と呼ばれる地域の専門コーディネーターへとつなぎ、その人に合ったコミュニティ活動・ボランティア・趣味の場・自然体験などを「処方」する仕組みです。英国政府は2019年に「ユニバーサル・パーソナライズド・ケア」計画の一環として社会的処方を正式に国の医療制度に組み込み、2024年までに90万人以上への適用を目指すと表明しました。
実際に社会的処方を受けた英国の高齢者の象徴的な言葉です。「医師は私に『ソーシャル・プレスクライビング』という新しい取り組みのことを話してくれた。薬は出さなかった。そして今、私には友人がいる。食事に出かけ、日帰り旅行にも行く」。このような変化が、高齢者の医療費削減にも繋がると政府は評価しています。
また、「孤独のヒートマップ」を活用して孤立リスクの高いエリアを可視化し、郵便配達員が配達ルートの中で孤立した住民に声をかけるパイロット事業など、地域全体を巻き込む仕組みも展開されています。
参照元:
・Understanding Loneliness: A Systematic Review of the Impact of Social Prescribing Initiatives(PMC / 公衆衛生誌)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8295963/
・Social Prescribing in Community Care(British Journal of Community Nursing, 2026年)
https://www.britishjournalofcommunitynursing.com/content/policy/
・Tackling Loneliness – House of Commons Library(英国議会図書館)
https://commonslibrary.parliament.uk/research-briefings/cbp-8514/
・Government’s New Loneliness Strategy(Age UK)
https://www.ageuk.org.uk/latest-news/articles/2018/october/government-loneliness-strategy/
3)「メンズ・シェッド」(オーストラリア発)「肩を並べて作る」という男性の孤独への処方箋
「男性の孤独」。退職後の男性は、職場という社会的つながりの最大の場を一瞬にして失います。女性は一般に対面で話すことが多いが、男性は「肩を並べて一緒に何かをする」という共同作業を通じてこそ自然なつながりが生まれやすい、という行動科学的な知見から生まれたのが、1990年代のオーストラリア発の「メンズ・シェッド(Men’s Shed)」運動です。
メンズ・シェッドとは、退職後の男性たちが集まり、木工・DIY・農作業・自転車の修理・野鳥の巣箱づくりなど、ものづくりや地域への貢献活動を通じて自然なつながりを育む地域コミュニティの拠点です。重要なのは「会話の場」ではなく「作業の場」として設計されていることで、男性が最も苦手とする「感情の直接表現」を求めず、共同作業の中に友情と生きがいが自然と生まれるよう工夫されている点にあります。
2024年9月時点で世界33カ国以上に広がり、約3,500か所のシェッドが存在し、10万人以上が参加しているとのこと。英国の医者が患者にシェッドを「処方」する社会的処方との組み合わせも定着しています。複数の研究により、シェッド参加が社会的孤立と孤独感の低減に有意な効果をもたらし、特に精神的健康(抑うつ・不安)の改善に顕著な効果があることが示されています。
日本でもこの動きは始まっています。東北大学の伊藤文人教授らを中心とした「シチズンサポートプロジェクト(JST-RISTEX)」が、2022年度に国の支援を受け、熊本県水上村に「寄郎屋(よろうや)」、札幌市西区に「ポッケコタン」というコミュニティ・シェッドを設立。作業療法士・心理学者・脳科学者が連携して介入効果を科学的に検証しています。札幌の取り組みは内閣府のモデル事業にも選定され、日本コミュニティー・シェッド協会が設立されています。
日本の50代以上の男性は、定年退職後に会社以外の社会的ネットワークを持つ男性は少なく、「居場所」づくりが急務です。「肩を並べて作る」というシェッドの哲学は、日本の男性文化にも親和性が高いのではないでしょうか。空き家を活用した「空家再生型メンズシェッド」(愛知県新城市など)のように、地域資源と組み合わせた展開も始まっており、全国への波及が期待されます。
参照元:
・Men’s Sheds Internationally(Barry Golding教授、2024年10月)
https://barrygoanna.com/2024/09/09/mens-sheds-internationally/
・Community Shed Japan(シチズンサポートプロジェクト)
https://www.ristex2022csjapan.com/
・日本コミュニティー・シェッド協会
https://www.japan-community-sheds-association.com/
・コミュニティー・シェッドの効果検証と社会実装(東北大学 研究シーズ集)
https://www.rpip.tohoku.ac.jp/seeds/profile/1257/lang:jp/
・The Role of Community-Based Men’s Sheds in Health Promotion for Older Men(PMC / SAGE誌)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8928410/
・男性の孤独問題に対する解決策を求めて(Wales.com / 2025年)
https://www.wales.com/ja/news/japan/
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